なぜペルーなの?
私たちペルー人権チームは、ペルーに訪れたときに、実際にペルーで起こった人権侵害の被害者の方々から証言を聞きました。 それはとても重たくてつらいものでした。
 私たちはこの証言を聞いて、「この問題をそのままにしてはいけない」と強く思いました。
人権侵害により苦しんでいる人々は、世界中にたくさんいます。ペルーのケースもそのうちのひとつといってしまうのは簡単です。 しかし。フジモリ氏がその責任をそのままに日本にいるという事実も見逃してはいけないと思います。
このささやかな運動が、人権侵害などで苦しむ世界中の人々を救うことの、ほんの小さな支えになればと考えています。

チーム紹介
小牧 幸司 (23) コージ 東京出身
小松 美香 (21) みかちゃん 福島
豊田 新一郎 (27) しんさん 神奈川

勝田 聡美 (21) さとみちゃん 東京
因 麻衣子 (25) いんちゃん 北海道




ペルーの歴史

1980年から2000年の間、ペルーは人権侵害により4万人近くが死亡、7000人が行方不明になったといわれている。
「1980年代初頭にセンデロ・ルミノソとMRTAという2つの大きな反政府武装組織がゲリラ活動を開始、 その鎮圧にあたった政府の治安部隊とのあいだに、大規模な人権侵害が始まった。センデロ・ルミノソを支持している疑われた農村地域では、 暴行、拷問、強姦、強奪、虐殺などが治安部隊によって行われ、またセンデロ・ルミノソも協力しない農民を殺害した。 つまり、紛争地域では農民は治安部隊と、ゲリラの両方からの暴力の恐怖にさらされることになった。
1980年にアルベルト・フジモリ大統領が就任、インフレの克服や、市場経済化改革などペルーの経済の建て直しを推し進める。 また一方、テロ対策においては、フジモリ政権の最初の2年間に特に多くの犠牲者が報告された。 (有名なのがバリオスアルトス事件、ラ・カントゥータ事件、これらはフジモリ氏側近のモンテシーノス顧問が関わっているといわれている)
92年にはセンデロ・ルミノソのリーダーが逮捕され、反政府活動は低下する一方で、反テロリスト法が制定される。 この法律によって市民団体のリーダーや学生など無実の人々がいまだ投獄されているといわれている。さらに95年には恩赦法が制定され、 すべての人権侵害の加害者免責される。
2000年の大統領選でもフジモリ氏は再選を果すが、これは多くの選挙監視団からの不公正であると指摘された。 その後9月にモンテシーノス顧問が野党議員を買収している場面を隠し撮りしたビデオが放映されスキャンダルに発展、辞任を表明、国会は彼を罷免した。」


フジモリ氏はどうして日本にいるの?
現在、フジモリ元大統領が日本にいるということは、多くの日本の方々もご存知のことと思います。 なぜ、日本にいるのか、日本政府はどうしてそれを認めているのか考えたいことがありますか?
「フジモリの国籍はどうなっているの?彼の任期におきた人権侵害にたいする責任は?などなど、私たちもまだまだ勉強中です。 一緒にこの問題について考えていきませんか?」


これからの活動
私たち「ペルー人権チーム」では、これから勉強会などを定期的に開いて知識を深めていくとともに、 高校や大学、地域の公民館などで出前教室を行う予定です。もし興味関心がありましたら、また一緒にこの問題を考えていこうと思われた方は、
こちら 因麻衣子までメールください。


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更新日 03/02/21 AKO

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